法王捕虜及び帰還時代の一致
第1節;ユダヤ民族捕虜及び帰還時代


イスラエル史の次の時代は、ユダヤ民族捕虜及び帰還時代であります。北朝イスラエルの滅亡後、のこった南朝ユダも、数回におよぶ新バビロニアの来攻により、国王以下大部分の人々がバビロンに連れ去られることになります。

南朝ユダの人々は、約70年間バビロンで捕虜生活をしました。捕虜になってから、70年後、新バビロニア帝国がペルシャのキュロスに滅ぼされ、ペルシャ帝国が成立すると、キュロスの寛容政策によって、ユダヤ民族はパレスチナへの帰還をゆるされることになります。

まず第一回目として、ゼルバベルを中心に約5万人が帰還しました。さらに約70年後、第二回目としてエズラを中心に数千人がが帰還します。さらに第三次目として、総督ネヘミア以下残りの全員が帰還することになります。

パレスチナに帰還したユダヤ民族は神殿を再建し、前400年ごろ出現したマラキ預言者の指導をうけて、メシヤを迎えるための準備期に入っていきます。

このユダヤ民族捕虜及び帰還時代は、70年間の捕虜時代と、70年を2期、3次の帰還時代で、合計210年間になります。これを反復するのが、法王捕虜及び帰還時代の210年間であります。