国土が清浄

三番目は、仏国土であります。「その国土は清浄である」など、理想的な国土の様子が授記の中で詳細に語られています。
その土は清浄にして、瑠璃を地となし
多くのもろもろの宝樹は、道の側に行列し
金の縄にて道を界し、見る者は歓喜せん。 常に好香を出し、衆(もろもろ)の名華を散じ
種々の奇妙なるものを、もって荘厳となし
その地は平正にして、丘・坑あることなけん。
仏国土は完成した人間が生活する環境であります。そこには、動植物、陸地、海洋、太陽、月、星々などもろもろの存在があります。人間はそのような万物世界を愛で主管し美しい環境を造っていかなければならないのです。人間が地上生活を終えて霊界に往くと、霊界にも、このような全ての万物が、限りなく広がって存在しています。

しかし、これらの万物は、人間の堕落によって、完成人間による愛の主管をうけられなくなり、苦しんでいると聖書は語っています。

「被造物は、実に切なる思いで神の子たちの出現を待ち望んでいる。・・・・・実に、被造物全体が、今に至るまで、共にうめき共に産みの苦しみを続けていることを、私たちは知っている。」(ローマ人への手紙8章19、22節)
人間の罪が清算されて、人間が完成し、完全な愛の持ち主になり、万物が、そのような人間の主管をうけるようになるとき、彼ら万物は苦しみから解放される、すなわち、万物は成仏するのであります。

神が人間を愛で主管するように、神の子として造られた人間は、万物を愛で主管しなければならないのです。統一原理では、このような内容を「万物主管」といい、神を中心に主管的な四位基台を完成しなければならないと説いています。

人間は、被造世界の主管主として創造されたのであります。神は、天地創造以前に、中心存在である人間の設計図を抱いておられたのであります。そうした中心存在としての人間を基準にして、象徴的、形象的に似た存在を順次に創造されていき、最後に主人である人間を造られたというのであります。

それ故、人間が頭、胴体、手足などをもつように、昆虫なども頭、胴体、手足などをもっているのです。はじめに人間という標本があって、それに象徴的に似せて昆虫などもつくられたのです。植物なども、人間のように呼吸します。そして人間の肺と植物の呼吸器官である葉は、その形状がよく似てるのではないでしょうか。

無生物である地球も、人間の骨格のような岩盤があり、体中に血液が流れるように地下水が流れています。また人間の皮膚が体毛で覆われているように、地球も多くの植物で覆われています。

こうして、人間が万物を理解し、万物と共感できるような内容が準備されているのであります。人間を小宇宙というのであります。しかし、人間と万物を創造された神を中心として完成しないかぎり、真の万物主管はなされないのであります。

以上のような個体的四位基台、家庭的四位基台、主管的四位基台という三大祝福を完成すれば、人間は喜びを満喫することが出来るし、また、神様もご自身の属性が、そこに現れているのを御覧になって、喜ぶことができるというのであります。人間が喜び、神様も喜ばれる内容なのであります。こうした内容が成仏の内容であり、仏様が人間に願われる理想なのであります。