三大祝福とはなにか

前節で、『法華経』の授記の内容を調べてみて、「仏」の願いが、すべての人々を成仏させるということであり、その内容は、下記のように、1.「仏」、2.「仏弟子」、3.「国土」という三つの要素を含んでいるということがわかりました。
  1. 「仏と成為(な)ることを得ん」
  2. 「もろもろの菩薩衆は、称計すべからず」
  3. 「その土は清浄にして、瑠璃を地となし」
さて、次には、これに類似の内容が聖書の記述にもあるかどうかを見ていきます。

旧約聖書の「創世記」1章27、28節を見ると、神は、人間に祝福を与えています。

神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された。神は彼らを祝福して言われた、
生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ。また海の魚と、空の鳥と地に動くすべての生き物とを治めよ」
統一原理によれば、この聖句で、「生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ。・・・」のところに、神さまが人間に願われたところの創造理想が記されているのであります。

「生めよ」というのは、英語では、Be fruitfulとなっています。fruitfulは、辞典を引くと、「よく実を結ぶ、よく実る」という意味があります。
統一原理は、この箇所では、神様が人間に対して、「個性完成せよ」という祝福を与えられたと解釈しています。これは「仏と成為(な)ることを得ん」、という授記の内容と同じような意味であると思われるのです。

「ふえよ、地に満ちよ」の部分は、子孫を繁殖させよ、という祝福であり、授記にある「もろもろの菩薩衆は、称計すべからず」と言うのに該当すると思います。菩薩や声聞衆は仏の子供達であり、立派な子供達をたくさん生育させるということが、成仏の内容になっているわけです。

「地を従わせよ、・・・すべての生き物を治めよ」というのは、万物を主管せよという祝福であると解します。
主管という言葉は、広辞苑によると「管轄、管理の中心となること。また、その役の人」とあります。万物を愛で主管する中心存在になれという祝福であります。

統一原理によれば、神の宇宙創造の目的は、人間をしてこのような「三つの祝福」を完成せしめることにあったというのであります。これは神の創造目的であると同時に、人間の立場から言えば、これを人生の目的としなければならない、というのであります。そして、この三つの祝福は授記の内容と一致しているのであります。

  1. 第一祝福;個性完成せよ。=「仏と作(な)ることを得べし」
  2. 第二祝福;子女繁殖せよ。=「もろもろの菩薩衆は、称計すべからず」
  3. 第三祝福;万物主管せよ。=「その土は清浄にして、瑠璃を地となし」
従来の仏教やキリスト教では、個性完成が中心でありましたが、統一原理では、この三つの目標が掲げられています。人間が三大祝福を成就し、地上・天上の天国を完成することが神様の目標であったというのであります。

「神は自分のかたちに人を創造された」と聖書にありますように、人間は神の似姿に造られたのであります。『法華経』方便品にも、「一切の衆をして、我がごとく、等しくして異なること無からしめんと欲しき」とあるように、「仏」は、人間がご自身に似たものになることを願われているのであります。

統一思想によれば、人間が三大祝福を完成するということは、神の属性である、完全性、繁殖性、主管性に似ることなのであります。このように、人間は、親なる神の属性に似た子供とならなければならないのであります。