授記とはなにか

「仏」が人間に求めるところは、万人が「仏」と等しくなること、成仏することであります。これが人間に対する「仏」の願い、理想であることは間違いないのですが、成仏ということが、どういうことなのかがよく分からなかったのであります。

さて、『法華経』では、授記ということが行われています。『法華経』の中で、釈迦牟尼仏が舎利弗などの弟子に対して、あなたは未来において、これこれの仏になるであろう、という予言を授けるのでありますが、これを授記(じゅき)と言うのであります。『法華経』では、次のような仏弟子や、悪人に授記が与えられています。

  • 譬喩品第3・・・舎利弗
  • 授記品第6・・・四大声聞(迦葉、須菩提、迦旃延、目けん連)
  • 弟子品第8・・・冨楼那ほか五百人
  • 人記品第9・・・阿難、羅ご羅ほか二千人
  • 提婆品第12・・・提婆達多(悪人)
  • 勧持品第13・・・きょう曇弥(女人)、耶輸陀羅尼(女人)
これらの授記の内容を調べてみると、それぞれが非常に似通っていて、共通する項目を指摘することができるのであります。

例えば比較的シンプルな迦葉に対する授記をみてみましょう。

もろもろの比丘に告ぐ、われ、仏眼をもって
この迦葉を見るに、未来世において
無数劫を過ぎて、まさに仏と作(な)ることを得べし。

しかも来世において、三百万億の
もろもろの仏・世尊を、供養し覲(み)奉りて
仏の智慧のために、浄く梵行を修せん。

最上の、二足尊を供養し已(おわ)りて
一切の、無上の慧を修習し
最後身において、仏と成為(な)ることを得ん

その土は清浄にして、瑠璃を地となし
多くのもろもろの宝樹は、道の側に行列し
金の縄にて道を界し、見る者は歓喜せん。

常に好香を出し、衆(もろもろ)の名華を散じ
種々の奇妙なるものを、もって荘厳となし
その地は平正にして、丘・坑あることなけん。

もろもろの菩薩衆は、称計すべからず
その心は調柔(なよらか)にして、大神通に逮(およ)び
諸仏の、大乗経典を持ち奉らん。

諸の声聞衆は、無漏(むろ)の後身にて
法王の子となり、また、計るべからず
すなわち天眼をもっても、数え知ること能わざるなり。

その仏は当に寿が、十二小劫なるべし。
正法の世に住すること、二十小劫
像法も亦、住すること、二十小劫ならん。

光明世尊の、その事は、かくの如し。

(岩波文庫『法華経』「授記品」より。)

これらの授記の内容を、ある学者は8項目に整理しています。しかし、この8項目は、さらに3つにまとめることが出来ます。

第1項「仏と成為(な)ることを得ん」・・・仏自身に関すること。
仏名、仏寿(仏の寿命)、法住(教えがとどまる期間)、劫名(時代名)、国名
第2項「諸の菩薩衆は、称計すべからず」・・・仏の弟子に関すること。
眷属(けんぞく;菩薩、声聞衆など衆生)、仏化(仏の教化)
第3項「その土は清浄にして、瑠璃を地となし」・・・仏の住まわれる国土に関すること。
土相(仏土の様相)

このように成仏の内容である授記を調べてみると、「仏になる」ということの中には単に知慧の完成者になることだけではなく、仏弟子の存在や仏の住まわれる国土の存在まで含んでいることが分かるのであります。